2011年11月2日 教職員礼拝 小谷 仁 「犬の飼い主のための十戒」

2011年11月3日

 

クリスチャンには十戒が与えられているが、私はもう一つ別の十戒を守りたいと思っている。それは「犬の飼い主のための十戒」である。

 

第1. 私の一生は10~15年くらいしかありません ほんのわずかな時間でも貴方と離れていることは辛いのです 私のことを買う(飼う)前にどうかそのことを考えて下さい。
10年以上前のことだが、クロをペットホテルに預けたが、戻って来たときには行動がおかしくなっていた。また、現在飼っているケンをグルーミングしてもらって引き取ったが、帰宅するなり、壁から顔を10cmほど離して、ずっと壁を見続けていた。その後、2週間くらい、散歩に行きたがらなかった。外に出ると、またグルーミングに連れて行かれると勘違いしているのではと家族で話した。犬は、飼い主と離れるのが辛いようである。

第2.私が「貴方が私に望んでいること」を理解できるようになるまで時間を与えてください。犬は習慣の動物であるが、家庭(人間)での生活に問題が無くなる、お互いにストレスフリーになるまでには時間が掛かる。数々の失敗に目を閉じなければならない。飼い主は、忍耐深くなくてはならない。


第3.私を信頼して下さい...それだけで私は幸せなのです。
犬に落ち着きがあるか無いかはすぐに分かる。家の中で安心しておられることが、彼らの幸せである。


第4.私を長時間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないで下さい 貴方には仕事や楽しみがありますし、友達だっているでしょう でも...私には貴方だけしかいないのです。
犬の世界は狭い。朝晩の散歩(昼は家内)数頭の友達、家の中と裏庭。後は家族のみ。かわいがってあげる必要がある。


第5.時には私に話しかけて下さい たとえ貴方の言葉を理解できなくても、私に話しかけている貴方の声を理解しています。
意味は分からなくても、話しかけられていることを喜ぶ。関心があることを喜ぶ。嫉妬もする。


第6.貴方がどのように私を扱っても私がそれを忘れないだろうということに気づいてください。
犬は記憶が良い。どのように扱われたことを忘れない。


第7.私をたたく前に思い出して下さい 私には貴方の手の骨を簡単に噛み砕くことができる歯があるけれど私は貴方を噛まないように決めている事を。
犬はきちんと取り扱えば、噛むようなことはしない。


第8.言うことをきかない、頑固だ、怠け者だとしかる前に私がそうなる原因が何かないかと貴方自身に問い掛けてみて下さい。 適切な食餌をあげなかったのでは?日中太陽が 照りつけている外に長時間放置していたのかも?心臓が年をとるにつれて弱っては いないだろうか?
人間側の勝手な思い込み、期待、言動などで、トラブルが引き起こされる。


第9.私が年をとってもどうか世話をして下さい 貴方も同じように年をとるのです。
手を焼くから、年取ったからと理由をつけて犬を捨てる人がいる。 かつての隣家の人は、「年老いた犬が家の中で糞尿の失敗を繰り返して困ると話していた」が、決して捨てるようなことはなかった。毎日同じように散歩に連れて行き、声をかけていた。愛情をもって養っている飼い主は、年老いたペットの状況を受け入れて、正しく扱うものである。     神は私の人生全て(生まれる前から年老いるまで)をしって、導いておられる。


第10.最期の旅立ちの時には、そばにいて私を見送って下さい 「見ているのが辛いから」とか「私の居ないところで逝かせてあげて」なんて 言わないで欲しいのです 。貴方が側にいてくれるだけで、 私にはどんなことでも安らかに受け入れられます。そして......どうか忘れないで下さい 私が貴方を愛していることを
知らないところ、慣れないところ、初めての人のところに行くと、犬は落ち着かないものである。ましてや、死と直面しなければならないときに、他人様にそれをまかせきることはできない。私もクロが肺がんに掛かって苦しむようになったとき、獣医に頼んで眠らせてもらったが、そのときは家内と二人でクロを抱き、「クロ、クロ」と声をかけ続けたものである。苦しむことも無く、目の光がスーッと消えていったあのときの光景は忘れることができない。クロの最期を見とったのは辛かったが、クロにとっては幸せだったのだろうと信じている。

 

この十戒を、神様との関係で考えてみると、神様(飼い主)は私(犬)の良い飼い主であることがわかる。神はいつも私のそばにいてくださる(第1)、神は私に忍耐深く、成長を見守っていてくださる(第2)、神は私のような者を信頼してくださっている(第3)、神は厳しい方ではなく、この方との関係は続いていく(第4)、神は、聖書を通し、私の良心を通し、世界の様々な出来事を通して、いつも私に語りかけていてくださる(第5)、過去をふり返るときに、神様はいつも私の人生を良いもので恵んでいてくださったことがわかる(第6)、神様は私をいたづらに取り扱われることはない(第7,8)、神様は、私の人生(生まれる前から年老いるまで)全てを導いておられる(第9)、そして私が死を迎えるときには、誰も私と共には死の道を歩いてはくれない、しかし、私のために十字架に掛かられた方は、私の死の旅路をも共にいてくださる(第10)。(詩篇23篇の一節:たとえ死の影の谷を歩むとも、災いを恐れません。主が共にいてくださるからです。)

 

私は神様のもの。神様は、私の飼い主。神様はご自分の良心に従って、私を愛を持って取り扱ってくださる。「犬の飼い主のための十戒」を私に対して、すべて満たしておられる方である。犬としてではなく、子供として、私を尊い宝物としてみていてくださる。私は犬のような信頼を神様に持ちたいと思うのです。