2012年1月25日 教職員礼拝 上谷佳弘 「愛だけは伝わる」
「どんな状況にあっても、愛は(キリストから出る愛だけは)伝わる」
ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神、あわれみ深き父、慰めに満ちたる神。神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さったのである。それは、キリストの苦難がわたしたちに満ちあふれているように、わたしたちの受ける慰めもまた、キリストによって満ちあふれているからである。 コリント第二の手紙1章3~5節
モロカイ島の話
今から百数十年前、ハンセン氏病の患者がハワイのモロカイ島という孤島に隔離されていました。ベルギー出身のダミアン神父が単身でその島に乗り込み、ハンセン氏病の方々のケアに生涯をささげ、自らもハンセン氏病で命を落としたという話はあまりにも有名です。以来、多くのカトリックのシスターたちが、そこで献身的な看病をするようになりました。ハンセン氏病は、遠い昔は死の病、家族や愛するものたちからも隔離される(愛される存在でなくなる)という意味でも、まさに絶望的な病気でした。しかし、献身的で愛のあるケアーが、ハンセン氏病で苦しむ人々の心に伝わっていきました。
ある時、モロカイ島を訪ねた米国の文豪スティーブンソンは次のような詩を書きました。
「ライの惨(いた)ましさを一目見れば、愚かな人々は神の存在を否定しよう。しかし、これを看護するシスターの姿を見れば、愚かな人さえ、沈黙のうちに神を拝むであろう」
2回目のプロポーズ
僕のおじいちゃんは、某有名大学出身でとても頭も賢く、運動神経も抜群で、小さい頃はよく勉強やスポーツなど、色々とおじいちゃんに教えてもらっていた。しかし、今はおじいちゃんに勉強を教えてもらっていない。正確に言えば、教えてもらう事が出来なくなってしまった・・・。
僕が高校2年生になった頃、おじいちゃんは認知症になってしまったのだ。今では僕の事も、実の娘の僕の母親の事も分からなくなってしまって、いつも僕たちに「はじめまして」とあいさつをしてくる。
唯一、奥さんである僕のおばあちゃんの事は分かっているみたいだったけど、ここ最近になって、おばあちゃんの事もわからなくなってしまった。しかし、おばあちゃんは毎日笑顔で懸命におじいちゃんの世話をしていた。
今年の年初め、家族みんなで集まって家でごはんを食べようとなり、久々に家族全員で集まる事になった。家族の誰一人分からなくなってしまって、とても緊張をしているおじいちゃんに、おばあちゃんが笑顔で家族のみんなを紹介していった。
すると、いきなりおじいちゃんは真剣な顔をしておばあちゃんに話し出した。「あなたは本当に素晴らしいお方だ。いつも素敵な笑顔で僕に笑いかけてくれる・・・あなたが笑ってくれたら僕はとても幸せな気持ちになれます。もし、独り身ならば僕と結婚をしてくれませんか?」
家族全員の前でのプロポーズだった。2回目のプロポーズに、涙をぽろぽろこぼしながら、おばあちゃんは笑顔で「はい。」と答えた。
