2012年2月22日 教職員礼拝 栗原真理江 「あなたも行って同じようにしなさい」

2012年2月22日

「あなたも行って同じようにしなさい」

 

ルカ10:37 「あなたも行って同じようにしなさい」

 

昨年9月、中国で幼子が車で轢かれた事件があり、そのビデオがネット上で流れて大きな反響を呼んだ。それは、交通事故そのものではなく、事故現場で子どもが倒れているそばを、その後18人もの人が何もせずに通り過ぎたことにあった。映像がネット上に出回ると、中国国内メディアが一斉に注目、「社会道徳の欠如」を象徴する事件として大騒動に発展した。なぜ、そんなことになったのだろうか。

 

昔テレビで「いたずらウォッチング」という一般人にいたずらをして、その反応を見るという番組があった。色々ないたずらを仕掛けるのだが、自分の父が、たまたま通りかかっていたずらのターゲットになったことがあった。そのいたずらの内容は、老人が歩道橋の下で大きな重たい荷物の横に座っていて、その老人を通りすがりの人が助けるかどうかを観察するというもの。このいたずらの悪いところは、そのまま通り過ぎる人がターゲットなのではなく、声をかけ、助けようとする人がターゲットなところ。助けようと声をかけ、荷物を持とうとすると荷物が持ち上げられないほど重たくできていて、困惑するその反応を見るというものだった。多くの人は、ただ通り過ぎるだけ、そんな中で父は老人に声をかけ、歩道橋を荷物をもって渡り、老人を助けてあげようとした。しかし、案の定荷物が尋常ではないほど重い。足はふらふら、それでも頑張って歩道橋を数歩のぼったところでスタッフが出てきて種明かし。番組放映当日、子どもながらに父がテレビに映るのを楽しみにしていたが、あまりにもまじめな対応だったので、面白みにかけたのか、編集されて結局オンエアはされなかった。でも助けを必要としている人に対して、素通りしたり、見て見ぬふりをしたりせず、さっとかけ寄った父の行動というのは、聖書に出てくる「よきサマリヤ人」の話そのものだった。

 

 

関心を示す、そして行動に移す

 

私たちにとって、最初のステップは、まず関心を示すことだ。次は、その関心を、行動に移せるかが問われている。「巻き込まれたくない」「関わりあいが面倒だ」などの理由から行動に移せないこともあるのではないだろうか。 教師として、私たちは園児・児童・生徒の少しの変化や必要に気づいているだろうか。また、気づこう、見よう、聴こうとしているだろうか。その信号に対して実際に声かけをしているだろうか。「あなたに関心を持っている。あなたと関わりあいたい」を行動を通して伝えているだろうか。子ども達は自分に対して払われた関心、教師の小さな言動を驚くほどよく覚えているもの。本当によく見ている。

 

3学期もあとわずかだが、今日も私たちが子ども達一人ひとりに関心を示し、行動に移すこと。「あなたも行って同じようにしなさい」という声を心に留めて子ども達の変化に、必要に、関心を示し、気づこう、見よう、聴こうとしながら、関わっていきたい。