2012年8月29日 教職員礼拝 前木久里子

2012年8月29日

私と神様との出会い

 

日食のときの月のように

 

 

先日、日食があった時、楽しみにしていたが当日すっかりわすれていて結局見ることが出来なかった。後日、家に帰宅する途中、ふと月を見あげた時「日食という出来事は皆から注目されたけど、その原因となった月は、いつも通り動いていただけなのになぁ」という思いが浮かび、そのことについて考えた。家に帰ったあと、その思いを詩に書き残した。

 

伝えたい事を、力を入れて話しているとき、案外、自分が伝えたいことではなくて、自分としては意図しない部分が相手の中に残っているなんていう事がよくある。コンサルタントをしている友人も同じようなことを言っていた。自分がアドバイスで重要だと思ったところではなくて、どうでもいいような部分にクライアントが反応したり、触発されたりする事がよくあるのだそうだ。

 

月は太陽の光を反射して光っている、私達も自分では輝くことはできないが、神様から頂く光を浴びて輝くことができる。月は日食のときは暗く(影になって)、光を反射していないが、かえってその時の方が神様(太陽)の栄光を表わしている、人々の目が神様に注がれる(太陽が注目される)事があるのではないだろうか。

 

日食の時の月のように、普段、いつもどおりの毎日、いつもどおりの働きをすることによって、然るべきときに、然るべき所で、神様の栄光を表すことがあるのだと思う。自分が意識していないところで他人の為にしている事こそが(無意識のうちにしている日々の業が)、人々の目を神様の業に向かわすことになるのではないだろうか。

 

 

 

ふと月を見て 浮かんだ詩

 

日食 のように        

 

月は、

何か特別なことをしたとは

思っていないだろう

いつもと同じ軌道を

いつもと同じように通っただけ

 

ただ、

然るべき時に

然るべき所で

日に照らされただけで

或る所にいる

或る人たちに

驚きと感動を与えたとは

つゆも知らず

 

あなたも、

何か特別なことをしているとは

思っていないだろう

いつもと同じ日常を

いつもと同じようにこなしているだけ

 

ただ、

然るべき時に

然るべき所で

主に照らされるだけで

或る所にいる

或る人たちに

意義ある使命を果たすとは

つゆも知らず

 

無自覚な貢献ほど

美しい

 

 

 

Like a Solar Eclipse

 

The moon

probably didn’t think much of it

passing through the same old orbit

as usual

 

Yet, just being in the sun

at the right place

at the right time

had served wonder and excitement

for certain people

at a certain spot

while she was most-likely, um,

clueless

 

You, too,

probably don’t think much of it

going through the same old routine

as usual

 

Yet, just being in the Son

at the right place

at the right time

do serve a purpose and value 

for certain people

at a certain spot

while you’re most-likely, um,

clueless

 

There’s more beauty in a service

unaware of itself