2012年10月29日~11月1日 教職員礼拝 30周年にあたり

2012年11月1日

30周年 教職員特別礼拝シリーズ  <要約>

 

土屋友満さん 本校の創設者(元理事長)  10月29日(月)

日本三育学院で学んでいた頃、宣教師の先生達から「あなたの力を福音を伝えるために使いなさい」という形で伝道に対する心構えや姿勢などにおいて強い影響を受けた。その頃、神学科で学んでいた友人達は、みんな牧師を目指して着々と準備をしていたが、自分はどうしても自分の進む道は「牧師」ではないような気持ちが強くあった。そこから、本当に色々な経験をしたが、(牧師とは違う道をずっと選んできたが)その場面場面で神様の不思議な導きを受けて、今日に至っている。30年前に三育学院を創立するときにも、神様の不思議な導きがあった。自分は牧師として神様の働きを伝えるということはなかったが、自分の得意なビジネスの分野を通して、神様のことを伝えることを目的にした学校の設立に関わる事ができた。

 

神様は、私たちを必ず導いてくださる。そして、それぞれの持っている特性やいいところを豊に用いてくださるということを感じている。

 

 

 

岩橋孝さん 本校の創設者(元理事長) 10月30日(火)

この学校は、これまで献身的にこの学校の設立、指導に関わってくれたたくさんの皆さんの働きで成り立ってきた。色々な人に助けてもらい、支えられて今の学校がある。これまで大変な事がたくさんあったが、でもその時々でいつも学校のために皆が心血を注いできた原動力になっていたのは「皆でイエス様のために」という共通の思いだったのだと思う。私たち一人一人は、皆違う。できることも得意なことも違えば、強いところも弱いところも違う。でも、一人一人違う私たちが「皆でイエス様のために」という思いを共有して進むときに、そしてそれに天来の祝福が加わるときに、何かをなすという事ができるのではないか。

 

学校の原点は、「皆でイエス様のために」というところにあるということを忘れないで進んでいこう。

 

 

 

照井見國さん 本校の2代目校長 10月31日(水)

初代校長の岩本先生から学校を引き継いだ。まさかアメリカで日本人を教育する学校で校長をするなんて思っても見なかったが、不思議な導きでやってきた。学校が小さな私塾のようなものから学校として機能し始めた時期だったので、色々な変化があった。でも、その時々で不思議な導きがあり、切り抜けてきた。

 

教育ということを考えるときに大切なのは、子ども達に好かれるような教師でなくてはならないということ。子どもは好きな人の話なら喜んでよく聞きます。子どもは正直だから嫌いな人の話や伝えることには耳を貸しません。親でも教師でも同じことだが、大切なことを伝えたいと思うならば、相手から好かれる、愛される人になる事が先決です。クリスチャンとして、そして、教師として皆さんは大切なミッションに就いています。これからも、子ども達や保護者の皆さんを心から愛し、あなた方と触れる人々から愛され、好かれるような教師であってください。

 

 

 

小谷仁さん 本校の前校長 11月1日(木)

校長として努めた5年間はドットコムバブル崩壊後の厳しい時期だったが、色々な事が整備され、学校としての安定感が増した時期でもあったと思う。私たち人間は、誰も完璧ではない。しかし、神様は私たちを召してくださり、そして用いてくださる。ここに集められている教職員一人一人も、神様の召しを受けて集められた。

 

今までの、三育の歴史を見てみるとどの時代にも多くの困難がありました。経済面などだけではなく、人間同士のトラブルや、信仰面での困難もたくさんありました。しかし、言えることは、日本の学校であろうがどんな学校であろうが、組織であろうが完璧な場所というのはありえません。私たち一人一人は、世に名をはせた有名な教育家ではありません。世の中からみれば無に等しい者かもしれません。しかし私たちが、三育で一生懸命教育や、伝道をするのは自分の働きや努力が認められ、褒められる為ではありません。自分の功績を誇るためでもありません。私たちは、自分の成りたいものに成ろうと考えがちですが、実はそうではなく、神様が私たちにこうあってもらいたいと思う者に成ることこそが、人間の幸福なのではないでしょうか。

 

パウロは私たちを「土の器」にたとえています。土の器は、もろく、水が漏れるようなこともあるでしょう。しかし、その不完全な私たちが「神のために用いられる器としてください」とゆだねて献身とするときに、神様はそんな私たち一人一人を豊に祝福し、十分に用いてくださるのではないでしょうか。そして、それによって、神様の栄光があらわされるのではないでしょうか。

 

世の光、地の塩として神様の栄光を輝かせていきましょう。