感謝の心

2013年5月13日

今から25年前に福島で牧師をしていた頃のことです。教会員の中に小柄で背の曲がった女性がいました。年は80才を過ぎていたと思いますが、とてもかわいい方でした。教会の近くに小さな部屋を借りて一人で住んでおられました。娘さんご家族は郡山にいて、時々顔を見にいらしていました。いつもニコニコ笑っておられる方でした。週に何度も教会にいらしていたので、よく話をしましたし、一緒に祈りました。ある祈祷会のときに、ボロボロのノートを取り出されて、黒縁の大きな虫眼鏡でそのノートを読みながら、お祈りをされました。

 

祈祷会終了後、その方に「そのノートは何ですか」と尋ねたところ、「これは私の祈りのノートです」とのことで、そこには様々な人々の名前や抱えている問題、また感謝すべきこと。例えば空気・日光など無料で与えられていること、新鮮な水や友達など、あらゆる感謝すべきことが書かれており、朝起きて一番の祈りのときにそれを言葉にして、神様に感謝をしているのです、と教えてくださいました。口癖が「感謝、感謝」でしたが、何事にも感謝の念を持っておられる方でした。

 

教会員の方から聞いた話では、彼女は福島のある地方から会津の下駄屋に嫁いでこられました。そこで言うに言われない苦労を重ねたのです。一つの例として、外で作った親しい関係の女性を家に住まわせて、その世話までさせられたそうです。私は彼女からそういった苦労話は一切聞くことはありませんでした。いつもニコニコ笑っている感謝の心に満ちている婦人の過去にそのような影を見ることはできませんでした。

 

苦い苦い人生を嘗め尽くした先に、感謝で心が溢れるようになっている老婦人の姿には教えられることが多かったのです。言葉や表情は、心にあるものが溢れ出るものです。良いものが出てくるのは、良いものが心にあるからです。私たちは、自分が持っていないものにはよく気づきます。そして、それが不平不満の種になります。そして、それは外に出てきます。人と比べれば、私たちは欠けているものだらけです。むしろ、私たちはすでに与えられているものに心を向けるべきなのではないでしょうか。賛美歌にも「数えてみよ主の恵み・・・」とありますが、あの老婦人のように、与えられているものに心を向けるようにしなくては・・・と思うようになりました。

 

心理療法に「内観」という日本で生まれたものがあります。これは患者が幼いときから(特に)母親やまわりの人にどのようなことをしてもらったかを思い出していく作業を通して、感謝にあふれ、自分自身を見つめ直す心療法です。患者の中には劇的に症状が改善する方もいらっしゃいます。母親に反抗ばかりしてきた若い母親が、自分の母親の育児日記を読んで、どれほど自分が母親に愛されているかを知り、心が落ち着いた・・・などの例なども、突き詰めれば、同じ療法です。一つ一つの小さなことに感謝を見出す心が心身の健康を守っているのだと思います。

 

ご自分の家族が自分にしてくれたこと、言ってくれたことなど一つ一つよく思い出してみてはいかがでしょうか。実は、感謝すべきことがたくさんあるのだと思います。あるいは、私たちは子どもたちに感謝する習慣を身に付けさせる必要があると思います。お米一粒にしても、農家の方が長い期間手塩に掛けてくださったおかげで、私たちは食べることができるのです。保護者が感謝すべきことを教えてあげると、子どもは感謝すべきことに気づくようになるでしょう。何事に対しても感謝の気持ちに繋げられるように心がけたいものです。

 

これは、教育の場でも言えることです。教師は先頭に立って、子どもたちに感謝する気持ちを育てる必要があると思います。その機会は学校の中でいくらでもあると思うのです。誉められ、感謝される教室では、子どもたちが仲良くなり、友達の良い点に気づく子どもが育つことでしょう。