見上げる

2013年6月4日
子供の頃、五月ともなれば鯉のぼりをよく見かけたものです。学校の行き帰りにはいくつも鯉のぼりが泳いでいました。我が家に鯉のぼりはなく、他家の鯉のぼりは羨望の的でした。今の日本では鯉のぼりをあげる家庭は少なくなったでしょう。それらを憧れの目で見上げる子供たちが今も日本にいるのでしょうか?

江戸時代、将軍に男子が生まれると、玄関前に馬印の幟(のぼり)を立てて祝う風習がありました。やがて一般に広まり、男子が生まれた印として、幟を立てるようになったと言われています。それが立身出世の「鯉の滝のぼり」にちなみ、江戸庶民のアイディアから鯉のぼりが生まれました。武家の家紋入りなどののぼりに対して、町人の家庭では盛んに鯉のぼりがあげられるようになったのだそうで、子供を思う愛情と、健やかに立派に成長してほしいとの庶民の願いが込められています。鯉のぼりは空に舞い、子供たちは真っ青な空に浮かぶ鯉のぼりを至る所で見上げていたのです。

明治維新では薩摩藩の武士が活躍しました。それは「桜島」を見て育ったことが大きいのではないかと、私は想像しています。「学問するよりも男らしく生きろ」と薩摩では教えましたが、何となく桜島の雄大な姿と思想が重なるように思えます。薩摩武士は錦江港の向こうにそそり立つ桜島を毎日見上げていたのです。何かを見上げること、そこに象徴的な何かが存在することは素晴らしいことです。クリスチャンは、「十字架に掛けられたイエス様を見上げる」よう、聖書の中で薦められています。

最近空を見上げることがあるでしょうか?子供たちはどうでしょう?現代を生きる私たちは自分の目の高さから下のものばかり見ていることが多いのではないでしょうか?携帯を見ている人が多いようですが、下ばかり見ています。子供たちには何かを見上げてほしいものです。想像力逞しい子供には高い空の向こうにある希望とか夢とかが見えるのではないでしょうか。