おりにかなって語る言葉

2013年6月10日

旧約聖書に登場するソロモンの言葉に次のようなものがあります。「おりにかなって語る言葉は銀の彫り物に金のりんごをはめたようだ」

 

聖書には言葉に関する教えがしばしば出てきます。新約聖書には「舌は火である。・・・それは、制御しにくい悪であって、死の毒に満ちている。・・・もし、言葉の上であやまちのない人があれば、そういう人は全身を制御することのできる完全な人である」と書かれています。感情的になってつい怒りを爆発させてみたり、毒のある言葉を発してみたりと、私たちは言葉をコントロールするのに苦労しますので、聖書に書かれている通りかと思います。

 

人は思慮の無い言葉で他人を傷つけ、また同様に自分も人から傷つけられます。イエス様は「口から出て行くものは、心の中から出てくるのである」と言われました。従って、言葉の過ちは、たんなるうっかりではなく、その人の心の中で長く温めていたものが、言葉という形で現れたにすぎません。言葉を代えれば、言葉はその人の品性を表しているのです。

 

悪口や中傷は一時的な慰めにはなっても、本人の心の奥にある「満たされない思い」は決して消えることはありません。むしろ、イエス様が語られたとおり「口から出ていくものが・・・人(自分自身)を汚す」こととなります。

 

逆に考えれば、人の美しい(おりにかなった)言葉は、その人の清い人格を見事に映し出すことになります。私たちはとても悲しんでいるとき、落ち込んだとき、誰かの暖かい一言で救われた経験が一度や二度はあるのではないかと思います。私たち親、あるいは教育者は、人に益となる言葉を語るように心がけたいと思いますし、またそういう心を常に持っていたいと思います。

 

「人の口の言葉は深い水のようだ。知恵の泉は、わいて流れる川である。」(ソロモンの言葉)