現実主義者

2013年7月10日

ルカによる福音書の中に、興味深いイエス様の言葉があります。

 

あなたがた今飢えている人たちは、さいわいだ。飽きたりるようになるからである。

あなたがた今泣いている人たちはさいわいだ。笑うようになるからである。

あなたがた今満腹している人たちは、わざわいだ。飢えるようになるからである。

あなたがた今笑っている人たちは、わざわいだ。悲しみ泣くようになるからである。

 

私は初めてこの言葉を読んだときに大きな衝撃を受けました。クリスチャンになろうか、なるまいかと、迷っているときのことで、クリスチャンになれば色んなことが良い方向に動き始めるのだろうと漠然と思っていたからです。そのような甘い期待は見事に覆されてしまいました。

 

クリスチャンになっても、笑ってばかりでいることは無いのだな。生活が苦しくなって飢えるようになることもあるのだな・・・と。イエス様の言葉は、彼が非常に冷徹な目で世の中を眺めた現実主義者であることを証明しています。人は何かを信じれば全てがバラ色に変わるわけではありません。自分の主義主張とは別にこの世の中は動き、流れていきます。良い日はずっとは続かない。同様に、悪い日も永久には続かない。人生とはそんなものだとイエス様は語っておられるのです。

 

順風満帆の時には、これはいつまでも続かないぞ、いつかこれも終わり逆境がやってくること思って、私たちは備えをしなければなりません。栄枯盛衰ともいいますが、世の中は確かにその通りだと思います。たとえその人は大丈夫でも、子孫に問題が降りかかることもしばしばです。一方、逆境もいつまでも続くことはありません。苦しんでいるときは、それがいつまでも続くように感じますが、決してそうではない。耐え忍んでいれば、きっと事が好転し始めるのです。ですから困難にあるときには、無用に足掻かないことかなとも思います。

 

現実の中で、「謙虚さ・用心深さ」と「忍耐・希望」が私たち人間には必要なのだと、イエス様は教えてくださったのでしょう。キリスト教の世界では、イエス様は最高の教師であると言われています。この方に学ぶことは幸せなことであり、また人生の荒波を超える力だなと思います。

 

本校の子どもたちにイエス様の深い言葉を聖書の時間に学んでもらって、彼らの人生が守られることを願っています。