子供の踵(かかと)を削る

2013年8月28日

教師礼拝での話

 

私たちの知っているシンデレラの話はディズニー映画の影響を受けています。オリジナルはグリム童話の中にあるもので、ちょっと恐ろしい話です。

 

ガラスの靴に自分の足が入らないことにシンデレラの義姉たちは困っていました。欲張りな義母もあせっていました。シンデレラは義母に耳打ちします。「王子様と結婚してプリンセスになってしまえば、もう歩く必要はなくなります。靴に足が入るように、斧で指を切ったり、踵を削ってはいかがでしょうか」と。正確には覚えていませんが、こんな感じだったと思います。すると、欲の膨らんでいる母親はシンデレラの言葉に刺激されて、娘たちの指や踵を切り落としてしまいます。足は靴に入りましたが、あまりの痛さに姉たちは歩くことができませんでした。それを見てシンデレラは笑うのでした。

 

こういった御伽噺には多くの隠された意味が存在します。この部分から学ぶ教訓があるとすれば、親は子供の幸せを考えて、子供の足を削り、幸せと思える靴に子供の足を合わせようとする・・・ということでしょうか。たいていの場合、親は良かれと思って子供の踵を削るのですが、それが本当に子供の幸せに結びつくかは分かりません。むしろ短絡的な思考のようにも思えます。ある著名なビジネスマンによれば、その時代に花形の仕事はやがて斜陽になる。ところが、親や子供は、今注目を集めている仕事に関心を寄せる・・・と。靴に足を合わせるのではなく、子供の足に合う靴を与えるほうが、子供の幸せに適っているのではないかと思います。

 

キリスト教の根本は、人をあるがままに受け入れるということです。教育には様々な目的がありますが、キリスト教教育というものを考えるとき、その目的のひとつに、「子供を自由に、子供の持って生まれた資質を生かす」教育を行うというものがあると思います。こういう子供が理想と考えて、それを靴として、その靴に子供をあわせようとし、合わなければ問題児、合えば良い子という判断は、まさにシンデレラに登場する義母が行ったことをしているように思います。子供の足に合った靴を与えられるような教育を目指したいものです。