卒業生インタビュー

Interview 04

学びの場をこえて、
“生きる礎”をくれた場所

IT企業のオペレーションマネージャー

小池 貴子

Takako Koike

2005年3月 中学部卒業

三育に通ったことで得たものは数多くあります。私は幼稚園の頃日本からアメリカに引っ越した際に三育に入学しました。家族の駐在のため入学・帰国をするクラスメイトが何人もいた中、幼稚園から中学3年まで通い続けた私は当時では少し珍しい長期三育組でした。その経験が故に、外国育ちが長い生い立ちでありながら自分の日本語力は母国語に近いと感じます。現在東京で働いており、同僚の9割が日本人、クライアントは全員日本企業、という環境の中で成功しているのは、三育で日本語や日本文化に触れる機会を多く持てたからだと思っています。

さらに、三育を通じて友人関係やネットワークを築くこともできました。仕事や業界のイベントで三育のOB・OGの方と稀にお会いすることもあり、自然と距離が縮まるのを感じます。また、卒業して十数年経つ今でもクラスメートと連絡を取り合っていて、あるクラスメートとはママ友として仲良くしています。自分たちの子どもが並んでいる姿を見ると、まるで昨日のことのように、私たちが三育の先生方にお世話になっていた日々を思い出し、なんとも不思議な気持ちです。

三育に通った10年間はたくさんの思い出が詰まっています。キャンパスで開催された漢字検定に向けて勉強したことや、運動会で選手宣誓を任されたこと、火・木のスケジュールを月・水に変更した事務的なことまで、よく覚えています。

中でも特に印象に残っているのは、三育での最終年のことです。私たちのクラスには駐在家庭が多く、中学3年の頃には多くが帰国してしまい生徒が5人しかいませんでした。私たちは自信に満ちた生意気なティーンエイジャーでしたが、先生方にはいつも優しく接してくれました。

サマースクール中のある朝、私たちは教室にいるのが落ち着かなくなり、「外で太陽の下で勉強できたら楽しそうだね」と盛り上がりました。担任の先生を説得して、グラウンドにブルーシートを敷いてもらい、カリフォルニアの暖かい日差しの下で授業を受けることができました。これはクラスの人数が少なかったからこそできたことかもしれませんが、生徒の気持ちに寄り添って柔軟に対応してくれた先生に感謝しています。勉強に対してやる気がない1日の始まりが、クラスの絆を深める素晴らしい機会になり、今では青春の1ページとして心に残る素敵な思い出となりました。

母親になってからというもの、子どもの将来や、子どもが成長していくこれからの世界について考えることが多くなりました。子どもがより生きやすく、楽しく過ごせる世界をつくるために、自分にできることをしていきたいと思っています。

我が子は多文化的な背景を持っているので、まずはしっかりとした日本語の基礎を身につけさせることが目標です。そして、三育で私が学んだスキルを伝えていくことで、将来どこで暮らすことになっても、日本の文化に対するアイデンティティを持ち続けられるようにしてあげたいと思っています。

三育卒業後、カリフォルニア大学アーバイン校で政治学と国際学の二重専攻をし、4年目に日本語力強化の一環として日本の一橋大学へ留学。大学卒業後、2年ほどカリフォルニアのUnion Bankで銀行員として勤めました。後にGoogleへポリシースペシャリストとして転職をし、10年間キャリアを積み上げました。先年、長女の出産を機に日本への引越しを決断し、今年から外資IT企業の日本オフィスへ転職。バイリンガルとしての力を活用しながらワーキングママ・初日本での勤務経験・新たな職場、と様々なNEWチャレンジに挑み中です。

入学を希望する方へのメッセージ

ベイエリアにはさまざまな日本語の教育プログラムがありますが、その中で三育に通うことができて本当に良かったと思っています。三育の先生方は皆さん熱心で、生徒一人ひとりの強みを引き出そうと常に努力してくださいました。
この学校は、経験、知識、コミュニティ、そして文化をたくさん与えてくれる可能性がある場所です。通常の現地校に加えて三育に通うのは決して楽ではありませんが、努力すればするほど、三育から得られるものも大きくなります。次世代の皆さんには沢山頑張って、多くの思い出を築き上げていけることを願います。