卒業生インタビュー

Interview 07

三育のおかげで、何度も新しい道が開けました

Meta・Software Engineer

羽部 耕司

Habu Koji

2010年3月 中学部卒業

そのまま現地校を卒業し、UC Berkeleyで計算機科学(コンピューターサイエンス)を専攻しました。サンフランシスコで2年半ほどAmazonアプリのソフトウェア開発をした後、Metaに転職しました。そこでメッセージ広告のチームで一年半ほどお世話になりました。しばらくして、ニューヨークに引っ越し、InstagramとThreadsで色々な仕事をこなしながら、今現在に至ります。

三育は日本語を教えるだけではなく、努力の大切さも教えてくれました。三育では日本と同じ量の勉強を5分の1の時間でこなします。それを現地校の勉強と両立させるのは難しく、時間を有意義に使うことの大切さを学びました。親や先生方のサポートなしではできませんでした。当時は辛い時もありましたが、今では心の底からやってよかったと感謝しています。

また、三育の先生方は本当に素晴らしく、成長するにつれてどんな大人になりたいと思った時、私は度々先生たちのようになりたいと思いました。先生方は熱心で温かく、子供たちの事を常に考えてくれて、「こうすればわかりやすいかな」「ああすれば一層楽しいだろうな」などとみんなが楽しく成功できるように工夫を怠りません。卒業してから15年経ち、挨拶に行った時様々な昔話を聞き感動しました。

運動会や餅つき、夏期講座、クリスマス会など色々なイベントがありましたが、毎日当たり前の聖書や授業の時間も私は特に好きでした。私はキリスト教信者ではないのですが、先生方が聖書の教えを現代の問題に置き換えて教えてくれたのが共感しやすく、今でも自分の個人的価値観の土台となっています。

また、理科の授業で唾液は澱粉を糖分に変える役割があると学び、先生はわざわざ白米を炊いて配り、「みんな5分飲み込まず噛めよー。どうだ?甘いか?」と問いかけてくれたことがありました。しかし1分も噛むと、もう口の中でお粥みたいになってあまりにも気持ち悪く私は噛んでるふりを4分間続けました。くだらない話ですが、先生が授業を楽しくするために考えてくれたと思うと心が温かくなります。

三育に通っていた当時、私の日本人度対アメリカ人度は7:3ぐらいでした。その影響で昔から日本に数年住んでみたいと今でも思っています。それが選択肢としてあるのも三育のおかげです。

入学を希望する方へのメッセージ

日本語と英語を両方喋ることができるという事は、どんなに幸せなことか。人脈や仕事、その他諸々の可能性が2倍になります。三育のおかげで何度も新しい道が開けました。

私は三育の中では、少数派のアメリカ滞在組です。友達の中には三育のような日本語学校に通えなかった日系アメリカ人の友達もいます。彼らに三育の話をするとみんな口を揃えて「恵まれてる」と言ってくれます。

三育では、日本の子どもたちと似たような体験をしながら、日本人としての常識や礼儀、振る舞いを学ぶことができました。そのおかげで、日本にいる親戚や友達とも自然に距離を縮めることができたと思います。

さらに、現地校には日本人が少ない中で、三育には同じような境遇のクラスメートたちがいました。そうした仲間の存在は大きな心の支えとなり、自信にもつながりました。

そして彼らとは、いまだに連絡を取り合っている大切な友達たちです。